デバイスがまとまると、その中の物は埋没する

先日、こんなツイートを発見しました。

これ、本当にそうだなぁと。

AbemaTVのアプリ、私も落としましたがiPhone上3スクロール目のホームにいるため通知が来ない限りアプリの存在をまず思い出しません・・・。

同じことはkindleにも言えて、電子書籍の悪いところは「買ったけど途中で読むのをやめてしまう(存在を忘れてしまう)本が多い」こと。

テレビが物理的に部屋にあれば、嫌でも目に付くのでなんとなくリモコンに手がのびる回数も増える。
本が物理的に机の上にあれば、嫌でも目に付くので続きを読むために手をのばす。

けれど、それがあるデバイス(しかも手のひらサイズ)にまとまってしまうと、その中にあるアプリや電子書籍は埋没してしまい、意識することがなくなってしまう。そんな気がしました。

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物理的な存在感て大事なのでは

 

そこで思うのは、人間が何かを認知するためにはある程度「物理的な存在感」が必要なのではないかということ。

例えば、本棚に並んだ本を見るのと、kindleに並んだタイトルを見るのとでは、体感的な知識量が違ってくるのではないかと思うんですよね。

kindleは、本を買いすぎることによる不動産的な問題(部屋が本で埋まる)を解決してくれます。

立花隆さんのネコビルのように、本のために三階建ての物件を用意する必要もありません。
 

 

しかし、その分質量を意識しにくくなります。
それこそ、買ったけれど途中で読むのを辞めてしまったり、買ったことさえ忘れてしまうことが電子書籍には往々にして起こる。

このあたりの感覚は年代によっても違いそうなので、話を聞いてみたいですね。

今の高校生とか生まれた時からデジタル寄りだと思うけど、どういう感覚をもってるんだろう。