アラサーではなく、ただのサーになりました

先日誕生日を迎え、30歳になりました。
20代の10年は、大学生、卒業、就職・・・と人生の中でも転機の多い10年間でした。

この10年で変わったと思うことを、忘れないように書き記しておこうと思います。

 

変化1:物欲がなくなった

 

この10年で変わったことと言えば、物欲が完全なる下降線を描いたことでしょうか。

大学の卒業旅行でニューヨークに行った時は、「あれも!これも!お店にあるもの全部ほしい!!!」だったのが
ここ最近は「誕生日プレゼントほしいものある?」と言われても「・・・・・ふむ?」となるレベル。

必要なものは都度自分のお金で買える財力を手に入れた上に、ブランド物にも大して興味がなくなり、どこかに行ってもめちゃくちゃ買いまくる、ということがなくなりました。

逆に、精神的・肉体的な安定欲というのは上がっていて、「モチベーション高く仕事をするためには」、とか、「毎日健康に気持ちよく過ごすには」、というところに注力しています。

つまり、ちゃんと寝る、とか、ちゃんと食べる、とか、自分のメンタルを振り回してくるような人とは付き合わない、とかそういうことなんですが、これって一言で言うと「ただの年」になるんですかね・・・。

 

変化2:庶民化した

 

続いての変化としては、庶民化したこと。
こう書くと、ハナにつくと思うけど、まあ聞いて。

幼稚園から大学までずっと私立で恵まれた環境で育った私にとって、学歴や年収というのは当たり前についてくる物だと思っていました。
でも、社会に出るとそういうステータスの人はごく一部で、私が当然のように暮らしている環境は、どうやらとても稀なものだということに気づき始めます・・・。
学年の半分が女医や薬剤師になるってどうやらとても珍しいことのようだ・・・。

年に何回も海外旅行に行くことも、家が一か所以上あることも、免許を取得して初めて乗った車が外車ということも、どうやら自慢話に聞こえるらしい、ということに気づき、社会人初期は「なに話したら自慢に聞こえないの・・・!!」と悩んだ時期もありました。

そんな状態の私を不憫に思った上司が回転寿司(行ったことがなかった)に連れていってくれたり、多くの人と出会う中で、大人になっても海外に行ったことがない人もいるのだということを知り、色々と社会経験をしました。あと、そういうことにびっくりしなくなりました。

非常に世間知らずでお恥ずかしいですが、そんなこんなで勉強させてもらって、良い意味で庶民化した10年だったように思います。

 

変化3:男性のハードルも下がった

 

庶民化に伴って、男性のハードルも下がりました。
というか、身の程を知りました。

一時期は、やれメディア関連の人と合コンだの、商社と飲み会だの、芸能人やスポーツ選手と会員制のバーだのと、西麻布界隈でうぇいしている時期を過ごしましたが、このあたりで魑魅魍魎(ちみもうりょう)をみました。

「光が強いところは、影も強いんだよ」

という当時の飲み仲間の友人の言葉は忘れもしませんが、派手な世界は諸々のふり幅が超大きいです。
自分で立てないとやられる。

自分の容姿が派手ではないこともあり、華やかな人たちからは全然モテず、大概無事に帰ってこれました。地味顔でよかった。

ちょっと派手な世界をのぞき見て、満足しました。

女の扱いに慣れてなくてもいい。
お店の予約をとれなくてもいい。
出てきた料理のうんちくを語れなくてもいい。
六本木の高級マンションに住んでなくてもいい。

ふつうがいちばん。

ていうか、毎日料理完璧に作って、子供を私立に入れて、外で女遊びしてる旦那さんの帰りを待って、年に一回の贅沢海外旅行を楽しみにするとか、無理だわ!!

 

変化4:仕事が好きになった

 

社会人3年目ぐらいまで、稼ぎのいい人捕まえてさっさと寿退社、と思っていた私ですが、あーだこーだやっているうちに25歳を過ぎました。

このあたりでふと、

「稼ぎのいい旦那さんを見つけるより、自分で稼げるようになっちゃったほうが確実じゃない?」

と思ったんですよね。

で、そこから仕事を頑張るようになりました。そしたら働くことが面白くなりました。

どうやら私は仕事が好きらしい。ということで、今まで来ています。

専業主婦になりたいとか言っていた私は死にました。

 

まとめ

 

まあ、要約すると「落ち着いた」「身の程を知った」っていうことになるのでしょうが、振り返るとそんな10年だったように思います。

さらに言えば、落ち着いた状態でいられるような場所を探してきたし、作ってきたということになるのかもしれません。

次の30年をどんな10年にしていくかは、また書けたら書きます。